近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)について
1)病気について
この病気は、成人期に発症し、緩徐に全身の筋力が低下していく特徴を示します。軽い感覚低下も伴うことも多いです。筋力が低下していくため、60−70歳代には歩けなくなったり、腕を上手く使えなくなったりします。また進行すると、自力で食べ物や飲み物を飲み込みにくくなったり、呼吸する力が衰えたりするので、呼吸を補助する治療が必要になる場合もあります 。根本的な治療法はいまだ確立されておらず、沖縄や関西地方にて報告があるものの、患者さんの人数は全国で100名未満と希少な疾患であるため、いわゆる「神経難病」としての特徴を満たす疾患です。
2)病気の名称
HMSN-Pという名称以外に、沖縄に患者が多いことも影響し、「沖縄型神経原性筋萎縮症」と呼ばれてきました。研究者によっては「沖縄型ALS」と呼ぶ人もいます。関西地方にも患者さんが多いことが分かってきたので、より一般的な名前としてHMSN-Pと呼ぶようになってきました。
3)病気の発症メカニズムと遺伝の仕方
TFGという名前の遺伝子の変化によって、神経細胞内のタンパク質の合成や品質管理のシステムが影響を受けて異常なタンパクが蓄積し、特定の神経細胞が正常な機能を果たせなくなり、最終的には壊れてしまうことが発症機序と考えられています。私たちは親からそれぞれ遺伝子をもらいますが、変化を持つ遺伝子を1つ受け継いだときに発症する遺伝の仕方を顕性遺伝といいます。TFG遺伝子は常染色体に存在するため、このような遺伝の仕方を常染色体顕性遺伝と呼びます。両親のどちらか一方が変化のある遺伝子を持つ場合、約50%の確率で罹患児が出生する可能性があります。
4)初発症状
典型的な初発症状は、思春期に多くの人が経験したことのある筋痙攣が、30歳代になってから大した運動もしていないのに、夜間に下腿に起こることです(上肢から自覚される方もいないわけではないですが少数派です)。この症状が起こる部位が次第に上行して拡大し、胴体にも起こるようになるとともに、次第に筋力の低下を自覚されて病院を受診なさる方が多いようです。
5)検査と診断への道筋
採血検査では、まだ筋萎縮が少ない時期では、CK(またはCPK)と呼ばれる項目がとても高い値を示します(筋肉が壊れつつあることを示唆しています)。また、糖尿病や脂質異常症を合併し、HbA1cやコレステロール値が上昇する方もいます。
病院(脳神経内科)を受診すると、神経学的な診察で、腱反射の低下または消失が比較的早期からみられる、近位筋優位の筋力低下がある、といった指摘がなされることから、この病気を疑うことが出来れば比較的容易に臨床診断へ至りますが、家族歴に集積地の方や既発症の方がおられない場合には、診断に時間を要する場合もあります。症状として筋萎縮性側索硬化症や脊髄性筋萎縮症や、あるいは末梢神経障害(シャルコー・マリー・トゥース病など)に似た側面をもつため、これらの病気を念頭においた鑑別診断を行うことが必要となります。最終的に診断を確定するには、遺伝子検査が必要です。
6)治療
根本治療は先述のように確立されていませんが、適度なリハビリ、特に装着型サイボーグともいわれるロボットスーツHALを用いたリハビリ治療が、特に歩行可能な段階で功を奏します。原因療法は存在しなくても、より良く過ごすためのノウハウは上記の類似疾患に関する様々な経験の蓄積から応用できることがたくさんあり、患者さんたちの助けとなるようなサポートを、医療者側が提供できる場面は数多く存在します。医師のみならず可能な限り様々な職種(看護師・保健師など)を含めて、よりよい療養を目指して対応していくことが望まれます。他のいわゆる神経難病と同様に、「病気と上手く付き合っていくこと」が重要と思います。
7)今後の展望
学問の進歩は目覚ましく、本疾患においても、HALに限らず様々な試みがなされるようになる可能性があります。しかし、患者数が少ないためにまだ情報が不十分な病気なので、「どのように病気が進行していくのか」(いわゆる「自然史」)をきちんと調べることが、いち早く治療薬を患者の皆さんが引き寄せることに直結します。なぜなら治療により「自然史が変化する」ことが、その治療の効果を証明するためには必須であるからです。この自然史を解析するために、施設を超えてデータを集め保管しておく場所として、「患者レジストリ」を構築する作業が始まっており、本ホームページもその確立と治療薬の開発を実現していくために立ち上げられました。皆様のご協力があって成り立つ共同作業です。ぜひ、ご協力をお願い申し上げます。1日も早くこの病気を克服するために、みんなで一緒に頑張りましょう。
8)文献集:主として医療従事者向け、より進んだ理解のために(敬称略)
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末原による臨床像に関する総説:
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iryo1946/55/2/55_2_101/_article/-char/ja - 高嶋による研究の歴史に関する総説:https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/53/11/53_1196/_article/-char/ja
- 中川による疾患の広がりに関する総説:https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/49/11/49_11_950/_article/-char/ja
- 八木らによる遺伝子異常と疾患群の広がり(TFG-related neurological disorders):https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26945032/
- 川平らによる沖縄からの最初の報告(P167)を含む厚労省祖父江班S58年度班会議報告書:http://www.carecuremd.jp/book/data/1/d1_s58.pdf
- 英文初報告:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9189038
- 石浦らの遺伝子異常に関する報告:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22883144
- 自然史に関する当科からの報告:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29552439/